家に帰ると祖父母が慌てふためいて私に話し出した。
私の父親が数日帰ってこないというのだ。
置手紙でもあったのかもしれないが、祖父母は失踪したと思っていた。
私は、旅行にでも行ったのではないかと、あまり心配もしていなかったが・・・
一緒に祈ってくれと、みんなで仏壇に手を合わせされられた。
その後父親の兄弟も呼び出されて、家に来て話し合っていた。
そのころまだ私は高校生だったので、別室いたが、
大人たちはかなり深刻な様子だったので、これは結構大ごとなのか・・・と私も少し心配になった。
結局翌日父親は帰ってきて、全員に謝罪したが、私はその時詳しい事情は聴かなかった。
だから、その事実を知ったのは、私が成人してからのことだった。
理由は600万に膨らんだサラ金の借金
当時はまだグレーゾーン金利が横行していた時代だった。
今だったら、過払い請求できるような金利であったはずだ。
100万円程度の借金が膨らみ、数年で600万円を超えていたそうだ。
父親はそれを苦に失踪したらしいが・・・
結局自殺もできず、帰ってきたらしい。
父親はどうも金に無頓着なようで、昔からそういうところがあったようだ。
別にちゃんと働いていて、実家暮らして、普通に給料ももらっていたのだから、
そんなに生活費に困っているはずもないし、浪費もしていないはず。
ギャンブルもやっていなかったし、車とカメラ以外の趣味はなかった。
女にでも貢いだのだろうかと思うのだが・・・
いまだに何に使いこんだのかはよくわかっていないのだ。
数十万円を借りて、返済せずそのままほったらかしで、増えてしまったのかもしれない。
祖父が返済
結局借金は祖父が返済したらしい。
祖父は農家だったが、畑を売ったお金や、バブルのころ植木などで結構儲かって蓄えがあったようだ。
結局のところ父親はほとんど自身での返済はせずに終わらしい。
だが痛みも一瞬で終わったからなのか、その後も父親は借金を作った。
なぜ金がないわけでもないのに、わざわざ高利の金を借りるのだか私にとっては今もなぜで仕方がないが、そういうことをしていた。
銀行のローンカードがたくさんあった
サラ金は流石に懲りたようだったが、銀行のカードローンをいくつも契約していた。
大学生のころ、学費が入金されておらず、次年度の履修ができなくて驚いたことがあった。
父親の部屋に行くと、何枚もの銀行カードローンが置いてあった。
ああ、こいちに言っても無駄だなと思い祖父に相談した。
祖父はそのころ70歳を過ぎていたが、こつこつお金をためつづる人だったから良かった。
お金を持っていたので、学費70万円ほどをよういしたくれた。
なんとか大学を中退せずに済んだのだ。
また借金がでてきた
学費のことを話すと、父親は、まだ数百万の借金があると祖父に言ったそうだ。
そして、畑を数年前に1千万ほどで売ったことを知っていて、それをくれといったそうだ。
私には黙っていたほしい、後の学費も出すからと。
だが結局その金もまた何かに使ってしまったらしい。
亡くなったときにはまた数百万の借金があったからだ。
結局何をしていたのかは、いまだに分からないが・・・・
借金を作るという、お金を借りずにはいられないという、
何度痛い目にあっても、借り続けた父親だった。
もう借金することが癖だったとしか言いようがない
いや借金が趣味だったのかもしれない
だから私は、お金を他人に借りるのが大嫌いになった。
これはある意味良い事なのかもしれないと思う。
反面教師という遺産を父親は残してくれたものとしておくことにした。